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本年締めの納会ウオークで歴史の一端を知りましょう団体名:小松ウオーキング協会

   第303例会のお知らせ
テーマ    納会ウオーク 昔の旅籠を訪ねて
開催日    平成 30年 12月 2日(日)
開会式    午前 8時 45分  
スタート    午前 9時 00分
集合場所   JR小松駅西口
解散場所   同上
歩行距離   12km
ゴール予定  12時 30分頃
参加費    一般 500円 他協会員 300円 会員 200円
詳 細    PDFフアイルに記載

      歩 行 コ ー ス
JR小松駅⇒末広運動公園⇒緑地公園⇒串茶屋⇒今江城址公園⇒JR小松駅

   知る人ぞ少なし 北陸道随一の花街として栄えた 串茶屋の歴史

江戸時代の初め、加賀藩と大聖寺藩のちょうど境目にあった串村付近で2軒の茶屋が営業を始めた。北国街道を行き来する旅人や、街道整備の人夫たちを接待するためだった。それが、串の出村「串茶屋」の始まりだ。  
その後、加賀3代藩主前田利常公が小松に隠居し、那谷寺の再興にとりかかると、そこで働く職人たちが串茶屋に立ち寄るようになりそのため婦女による給仕が盛んになり、廓としての営業の許可状も与えられたという。17世紀中頃のことである。  当時は加賀藩内唯一の公認遊郭だったそうだ。有名な金沢の西・東の茶屋街は19世紀初めにつくられたものだと言えば、串茶屋の歴史的価値がわかってもらえるだろうか。
 串茶屋は1660年に大聖寺藩領に移されたので、以降は大聖寺藩公認の廓として営業が続けられたようだ。  最も栄えたのは文化・文政の頃(19世紀前半)で、20軒ほどの茶屋が軒を連ねていた。その頃の串茶屋は、文人墨客が遊ぶ文化サロンといった趣を呈し、北陸街道一の不夜城として賑わっていた。  明治33年(1900年)に、串茶屋の廓は約300年にわたる歴史の幕を閉じた。

掲載日:2018-11-01

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団体名:
小松ウオーキング協会
連絡先:
0761-44-3962